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2004.06.28

トンコンティン

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一般的にはホンジュラスでトンコンティンと言えば、テグシガルパ国際空港を指しますが、今回訪れたトンコンティンはラ・セイバから約25km山に入った小さな村です。
(独り言:しかし何だねぇ。日本から来てテグシガルパで似たような仕事をしている人のホームページといえばやれロアタン島だのコパン遺跡だの、国際的にメジャーな場所が多いのに、私ときたらシリンだのトンコンティンだの、ホンジュラス人でも知らない《どこだ、それは?って何人も聞かれた》人外魔境のような場所が続くねぇ。でもいいんだよ。ホンジュラスを離れた後、お金と時間さえあればロアタンやコパンは行けるけけど、シリンやトンコンティンは恐らく行かれないもんね。精一杯の負け惜しみ。)
目的は豆を作るしか生活の糧のないこの村に、何か現金収入の入る産業を育てよう。そこでHIDEさんとしては、何かお土産品になりそうなものがないだろうか、あれば何とか商業化できないだろうか。それを探しに行きました。同行したのは国連関係の人を通じて知り合ったホンジュラス人と8歳の息子。彼の運転するピックアップで、一路山へ。
着いたトンコンティンはシリンよりもっと田舎。イヌがいてニワトリがいてブタがいて、までは同じですが、平地がほとんどないためウマではなくてロバが目に付きます。テントを張れるスペースは子供達を追っ払った後のサッカー場のみ。そこで会議をし、ランを育てている施設と材木工場を見せてもらいました。
トンコンティンに関するレポートはこれであっさりお終い。
問題は道中。距離25km。ざっと考えると自動車で30分強。それは頭の中だけの話です。実際は未舗装道路を1時間。シリンを似たような感じ?とんでもない。シリンの場合、それでも道の両側は延々畑が続く平地です。道自体も結構直線的。ところがトンコンティンの場合は片側が山、反対側は川もしくは谷。アップダウンもきつく直線も全然ない。ところどころで車のまま川を横断する、という難行苦行の連続です。
そして全知全能の神はHIDEさんに更なる試練を与えました。このホンジュラス人も息子も信じられないくらい話好き。道中トータル2時間質問責め。ほとんど静かな時間は過ごせませんでした。加えて、こっちを向いて質問するわ、ハンドルから両手を離すわ。それでなくてもスペイン語、集中して聞かないと理解できないのに、運転が気になって仕様がない。話題もポンポン飛ぶ。シリンへ行った時とは違う種類の疲れが体にのしかかりました。来期、中田英寿がどこのチームへ行こうが、今はしっかり運転せい。
そして復路はもっと集中できませんでした。そう、燃料計が果てしなくEを越えて下がっているのに気付いてしまったのです。道中給油所は一軒もなかったよなぁ。彼は知り合いもやたらにいて、出会うたびに車を止め話しかけます。ねぇ、アイドリング止めたら。決してきれいで新しい車ではないのですが、ちゃんとエアコンが付いていて回しっぱなしです。窓からの風でもいいよ。そうだよ、私は仏教徒。いいじゃないか、日本人が竹を食べたって。原爆?1945年。中国へは車では行かれないの。いいから前向いて運転せい。
HIDE(8月3日は誕生日。プレゼント・お祝い金の受付開始!)

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2004.06.23

THE DAY AFTER TOMORROW

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今回は掟破りの映画批評です。まだ、見ていない人でこれから見る予定のある人は読まないで下さい。この間『カリブのぬるい風』に相応しくないって言ったのは誰だよ。
‘THE DAY AFTER TOMORROW’(以後THE DAY)を見てきました。監督は‘INDEPENDENCE DAY’(以後I' DAY)のローランド・エメリッヒ。前回は極悪宇宙人が超巨大宇宙船を操って地球にやって来て、ニューヨークを始めとする主要都市をぶっ壊していきましたが、今回は超大型低気圧がヨーロッパ、アジア、北米に発生し、ニューヨークを始めとする主要都市を水攻めにしたり、氷漬けにしたりしてしまいます。
思うに、I' DAYが作られた1990年代後半には冷戦はとうに終わり、アメリカ合衆国を攻撃する相手はもう宇宙人か未知の生物以外に考えられなかった。だからI' DAYでは人類よりはるかに優れている冷酷非道な宇宙人が、人類の常識をはるかに超えた巨大な宇宙船と超能力、科学力で攻撃してきた。
ところが現実は2001年9月11日、中央アジアの貧乏国にいたある男から指示を受けた数人のテロリストが、普通の航空機を乗っ取ってニューヨーク、ワシントンDCを攻撃し、成功してしまった。そして合衆国はそれに対して貧乏国をボコボコにしたが、悪の親玉の行方は未だに杳としてわからない。こうなるともう、地球人より勝っている宇宙人を相手に頑張って闘うぞと勇ましく立ち上がったところで、失笑を買うだけでしょう。
そこで今回の相手は低気圧。相手は天気ですから、いわば地球という天体あるいは神を相手に、人類がどう闘うかを問うたお話と言えるでしょう。さぁ、宇宙人や未知の生物、悪の親玉と違って、低気圧を退治することはできないぞ。どうするんだろう。と、思って見ていると、最後はローランド・エメリッヒらしく(最近のアメリカ映画らしく)ここからみんなどうするんだよ~って言いたくなるようなご都合主義のエンディングでした。
それからもう一点。日本映画の場合、宇宙人が来ようが怪獣が出ようが、首相が活躍するということはまずありません。せいぜい銀幕の端の方で主人公の一般人に「で、どうするのかね、キミ。」って質問するくらいです。これは仕方ないですね。戦後、ほぼ一党独裁で来ている現状、首相が活躍すればその党の応援、首相を極端に無能に描けばその党への中傷誹謗になりますから。
ところがI' DAYでもそうでしたが、政権交代が可能な合衆国では大統領が大活躍する映画は少なくありません。下手したら、大統領自らが陣頭指揮はおろか、武器弾薬を手にして相手と戦うなんてシーンまで目にすることがあります。
じゃ、THE DAYはどうだったか。恐ろしいほど無能の上、決断力もなく、かと言って人の話に耳を貸さない大統領でした。はっきり言って何もしなかった。日本語字幕がなかったため、途中まで大統領と副大統領を取り違えて見ていたくらいです。
アメリカ国民も自分達が選ぶ大統領に自信が持てなくなったのかなぁ。
そんな気持ちを抱いて、8月にはちょっとニューヨークへ行ってきます。
HIDE

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2004.06.22

映画研究部OBより

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映画は映画館で見ましょう。別に一人で見るもんだとか、真ん中の席に座るべきだとかは言いません。ただ、一言。「映画館で」。
そりゃ、わざわざ上演時間に合わせて行かなきゃならん、ずっと座っていなきゃならん、周りの席に気を使わにゃならん、途中一旦止めてトイレへ行くことは許されん、「えっ、今のシーン、何?」って思っても巻き戻せん、料金が高い・・・色々、映画館の敷居が高い理由はあるでしょう。そんな思いをするのなら、1週間ほどレンタル屋で借りて我が家でビールとおつまみを用意して、好きな人と寝転がって見る方がいいという気持ちも分からんでもない。最近は家庭でも5.1サラウンドなんて音響が普及しつつありますし。
でもあえて映画館で。なぜ?家で見るビデオ(この単語も近い将来滅ぶなぁ)は一方通行だからです。だからそこには、流れてくる映像・音とそれに対する自分の感想しか介入しません。「おいおい、それは映画館だって一緒だろうが。」いいえ、違います。映画館には他の観客が加わります。具体的に言えば、コメディで映画館全体が大笑いする。その雰囲気で自分も笑ってしまう。デッド・エンド・ストーリーで館内のあちこちですすり泣く声がする。それにつられて自分も涙ぐんでしまう。ショッキングがシーンが続き一段落した時館内がざわめく。自分も必要以上にどきどきしている。そんな経験はありませんか?それは家庭では感じられないことです。そういう意味では映画も一種ライブなのです。厳しい言い方をすれば映画館に行かず家でばかり見ている人には、たとえ年間200本見たとしても、自己紹介文に「趣味:映画鑑賞」とは書いて欲しくない。
そんなところで、ラ・セイバのショッピング・モール内にある映画館に行ってきました。こちらでは平日は普通午後7時からが一回目。これに3時がある日もありますが、基本的には夕方以降の娯楽です。見たのは「トロイ」。料金は3時の回は25Lps。安い!日本の十分の一って言っていいですか?窓口で切符を買って入口で半券を係員がもぎ取る。ここら辺りはいずこの国も一緒。あの階段を上がれって係員に言われて館内に入ります。イスは横11席が12列。列にはかなり角度がついていて、イスの座り心地も良好。固定式のひじ掛の幅も広く、ちゃんとコップ受けもついています。規模こそ小さいものの、かなり快適な映画館です。上から3列目の6席目がベスト・ポジションかな。
映画に関する感想は『カリブのぬるい風』に相応しくないので書きませんが(う~、書きたい)、まぁ大きく分けると「超大作」でしょう(身も蓋もない言い方)。
観客のマナーもよく、いいねぇ、みんな映画が好きなんだ、なんて思っていると何と、最後のシーンで係員が出口の扉を開けるではありませんか。そしてエンド・タイトルが始まると電気を点けてしまい、あげくにはまだクレジットやエンディング・テーマが流れているのに、あろうことかフィルムを止めてしまいました。おいおい、ホンジュラス人、そりゃないよ。エンド・タイトルも映画の一部なんだから。あんたたち本当に映画が映画館が好きなの?「ホット・ショット」や「トイ・ストーリー」の時はどうだったんだろう?
HIDE

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2004.06.17

カルナバル報告会

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カルナバルの報告会がありました。今回は(  )だらけです。
一緒に汗を流したスタッフが一同に会して「いや~、お疲れ様でした。」という主旨の打ち上げかと思えばそうではなく、オフィスのスタッフ以外の参加者は、カルナバルのスポンサー、パレード参加団体の代表者、警備の責任者といった外部の人で「いやいや、お世話になりました。」という主旨でした。ですから、期間内に通して行われたメイン・ステージの担当者や、パレードの車が集まらずイライラした担当者も来ていません(日本だったらどうなんでしょう?)
最初に神へのお祈り(これはカルナバルのタイトルに「聖イシドロの祭り」とついていますから当然でしょう)、次に国歌斉唱(日本ではしないな)、女王のスピーチ、市長のスピーチ(日本と順番が逆かな)、それから相棒が活動報告と収支報告(結構長時間)、この頃から食事が配られ、聞きながら食べ始めます(ちょっと不思議)。続いてパレードの各賞受賞者の表彰。今年参加した日本人グループは踊りの部門賞を取りました。そこでHIDEさん、方々に連絡して表彰を受けに来る人を探しました。だって、身内で賞を回したなんて思われると日本人グループに気の毒じゃないですか。。実際、司会者も日本人グループの名前を紹介して私が出て行ったら、「HIDEが誰に渡すんだい?」って言ったくらいですから。でも結局見つからず、しぶしぶ受けることに。順番の巡り合わせからプレゼンテーターは相棒。これだけ近いとあらためてキスなんてかえって照れくさい。省略。
これから乾杯(ここまでアルコールは出ていなかった!)。受賞者の記念撮影(坊主頭を少し後悔)やインタビュー(逃げの一手)などが行われているうちに、スタッフ達がテーブルやイスを壁の近くに片付け始めます。この辺りから帰る人は帰宅の途に(特に中締めはなし)。室内の電気が消され、七色のライトが天井、壁を走ります。ここからいきなり飲めや踊れやの楽しい時間に移行していきます(日本は飲めや歌えや)。結構みんな踊るんですよね。老いも若きも、男も女も、細身も太っちょも(日本ではどうでしょう。これだけの色んなタイプの人が踊るって盆踊り以外にありましたっけ?)。特に市長がいるからどうのこうのはなく、踊る人は踊る、おしゃべりしたい人はおしゃべりする、飲みたい人は係の所へ飲み物を取りに行く(この辺は注ぎあいがないのが楽ですね)。
でも、スタッフ内内のパーティじゃなく、知らない人もたくさんいます。それこそパレードの代表者なんて会ったこともない人達ですから、最初は何となくぎこちなくテーブルについていますが、この辺りまで過ごすともう旧知の友人ですね(日本だったらかなりの人が踊りの時間の前に帰っちゃうんだろうなぁ)。
(ここからしみじみ)でもねぇ、普段オフィスではほとんど愛想もなく、接客もしないLがやたらみんなにキスしたり、身長がHIDEより低いのに体重はゆうに100㎏を越えている超巨漢のWが踊りまくったり、鋼鉄の女だと思っていた相棒が涙を見せたり。これって照明が落ちているからじゃないよね。お酒のせいだけでもないよね。
HIDE

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2004.06.14

シリン 後編

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朝食はスニッカーズ。それから服を着替え、荷物を調えます。って言っても私は何も持っていません。デジカメのみ。あとの二人はでかい懐中電灯、ヘルメット、長いロープ、なにやら金具などをリュックに詰めます。ラ・セイバを発つ前に相棒が「あなたには二人の子供がいるのよ。忘れないで。」って言ったセリフの意味が分かってきたぞ。
しばらくして地元の若者が二人やって来ました。道案内人です。その内の一人は草木を掃うため、日本でしたら銃刀法間違いなしの大きな刃物を持っています。また相棒の声がしました。出発。しばらくは浅い川を渡ったり、草むらを直登したり、技より力中心。それでも常識の範疇を歩きます。それから岩山に。岩山では刃物を持っていない方の案内人が指示する通りに手や足をかけて登ります。他の人はそれなりに登山靴のようなものを履いていますが、私はスニーカー。文字通りどうしても足を引っ張ってしまいます。
歩くこと、登ること30分。「着いた。着いた。写真だ。」と言う声。えっ?何?どこ?とキョロキョロして愕然。岩の間に小さな洞窟の入口。「これに入るの?」って聞くと当然のように「そう。」この日何度目かの相棒の声。しかし、この場所で待っているってのも何ですから入らざるを得ません。
また案内人の指示通り手足をかけ、洞窟を下ります。間もなく「あった。あった。」土器があったようです。が、素人のHIDEさんにはどれが土器やら、どれがただの平べったい石やら。ここまでは以前掘った所らしく、今日はここからもっと奥で掘ろうという魂胆らしいです。仕方なくついて行くと、いよいよ洞窟も垂直に近くなってきました。相棒の声が頭の中でこだまします。他の人はスルリっと器用に下りて行きますが、私は案内人に抱っこしてもらって下りました。情けない。この時点でみんな服も顔も手足も泥だらけ。
登ったり、下りたり、滑ったりを繰り返し、四人が目星をつけた場所に到着しました。ただ、そこに入るにはまず1.5mぐらいの垂直に切り立った岩を越えなくてはいけません。加えて着地する地点はどう見ても45度以上傾いた地面。ロープを岩に縛りつけ、体を結びます。さすがにギブ・アップ。垂直な岩の手前で「ここで待つよ。」って座り込みました。「じゃHIDE、この一番大きな懐中電灯を持っておいてくれ。ただ、電池がなくなるから指示する時だけ点けて。」漆黒の闇の中、腰を下ろして待ちました。あくびが出るけど、酸素が薄いわけじゃないよね。いつかここから帰られるよね。相棒の声。
「出た。出た。」って叫び声が聞こえ、岩の所まで行って懐中電灯を点けました。土器とは違い素人にもわかる頭蓋骨の一部です。そうか、発掘ってこんな風にするのかぁ。またひとつ新しい世界を知ったぞ。感動というのとはちょっと違いますね。学習させてもらいましたって感じです。本当にホンジュラスでは知らない世界をずいぶん見せてもらってるなぁ。さっきまでの相棒の声はどこへやら、岩にしがみついて見学しました。
みんな満面笑みで下山。さぁ帰ろう。え~っ?ラ・セイバへ帰られる最終バスは1時で、もう出た?もう一泊テント?これしか着替え持って来てないよ。明日の朝もブレーメン?
HIDE

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2004.06.08

シリン 前編

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シリンという村に来ています。ラ・セイバからバスで進路を東に取って2時間半、トコアって町でバスを乗り換えさらに東へもう1時間。この間が地獄。何せ全区間未舗装!私も各国を旅して、その内のいくつかの国では路線バスに乗ったことがあります。でも1時間未舗装道路の経験は初めて。着くまでにボロボロになったような気がしました。
着いた所は山間の小さな集落で、人の数よりニワトリやブタの数の方が圧倒的に多いように見えます。電気は来ていますが、電話はありません。テレビはありますがチャンネルは1つしか入りません。そんな所へ何をしに?このシリンの山には石器から土器に移行する時代の遺跡があるのです。その発掘で考古学関係者に同行して来たって訳です。
最初に寝る所を確保しなければいけません。ただ、山間の村だけに持参した5人用のテントが張れるだけの平らなスペースがありません。ようやくあったと思うと動物の糞だらけ。かと言って道の真ん中ってのも具合の悪い話ですし、さぁ、困ったぞぉ、なんて思案していると「うちの庭を貸してあげる。使えよ。」って声。いいなぁ、この田舎の優しさ。これが都会だったら「貸してあげる」も「貸してくれ」も胡散臭い話ですけど。
「新品のテント、持って来たよ。」って一人が胸を張って言いましたが、いざ作ろうとすると、部品が1つない。それからある部品の内の2つは他のテントのもの。都合3つの不具合が見つかります。どうするんだろう?って見ていると、リーダー格が「おい、枝切って来い。」あっという間に3つの部品の代用品を作ってしまいました。ああ、これが真のアウト・ドア。アウト・ドア・ブームと呼ばれるアウト・ドア用品ブームに乗って、ワンボックスカーで河原へ行き、焼肉をしている、かの国とはちょっと違いますね。
テントも出来た。日も暮れた。食料品は中継地点のトコアで買い込んで来た。ちょっと休憩です。たまたま十六夜月のため、出が遅い。空は星だらけです。この星空を見ていると、古代の人がその空間にサソリやクマや白鳥を描いたのがわかるような気がする、そんな夜空。地面には乱舞するホタル。ここで、俳句をひねったり、詩歌をたしなんだり、曲を書いたりするといいのですが、私には残念ながらそのような才能はありません。しかし洋の東西を問わず、男達がこんな環境に置かれると、どうして「どんな女が好きか」なんて話題に行き着くのかなぁ。ビールも飲んでいないのに(理由:店がなかった)。
ただ、夕食がすんだらすることもなく、9時前には就寝することに。と、数匹の蚊がごちそうにありつこうとやって来ました。ふっふっふ。こういうこともあろうかと、ちゃんとトコアで蚊取線香と虫除けクリームを買っていたのだよ。正義は勝つ、そして寝る。
翌朝はびっくり!朝4時過ぎからニワトリは鳴くわ、イヌは吠えるわ、ウマは蹄の音を立てるわ、いななくわ、ブタは歩き回るわ。もうテントの周りはブレーメンの音楽隊状態。いや、数が多いだけ合唱団状態。いやいや、ブレーメンにはいなかったブタというベーシストが加わっただけ音に広がりができオーケストラ状態!蚊には勝ったがこいつらには勝てん。しばらく頑張ったが、あきらめて5時前全員起床。さぁ、山へ入るぞ~っ!
HIDE

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2004.06.02

スキンヘッド

日本で会社勤めをしていると、髪型もなかなかしたいようにはできません。なんせ、靴下の色まで隣の人と同じにしたほうがいい社会ですから。私も実は短めのオールバックでした。本当は前で分けた方がよかったのでしょうが、なんせ強いクセ毛のためあまりうまくまとまらず、面倒くさいので雑なオールバックにしていました。
だからって言う訳ではないのですが、海外で生活するようになってしたかった髪型が4つ。浪人風に後で縛る一種のポニーテイル、ドレッド、金髪、そしてスキンヘッドです。ただ、ポニーテイルとドレッドはそれなりに髪を伸ばさなければいけない。でも、暑い。それにドレッドは一度したことがありますが(当時25歳)、強いクセ毛が災いしてちっともうまくできなかった。次に金髪。相棒が金髪にした時、これはいいチャンスと「僕も金髪にするよ。」って言ったら、一言「ロコ(バカ)。」って言われ気が萎えました。そこでスキンヘッド。これはしようと思った瞬間できる。いつもの散髪代でできる。
意を決していつもの床屋へ。「全部切って欲しい。」って店員に言いました。そうしたら店員、妙に慎重になりました。気持ちは分からんでもありません。相手はどこまでスペイン語を喋るのか分からない東洋人です。グングン切っていった後、「おい、俺が言ったのはこういうことじゃないぞ。」って言われても、「じゃ、もう少し長くしましょうか?」ってのはできない相談になりますから。他のお客さんの頭を指さしたり、そこらにあった写真を見せたりして確認。「ゼロか?」って聞かれた時はさすがに剃られちゃかなわんと思い「ゼロじゃない。」って答えましたが。それからやっとバリカンを手にしました。
約15分で我が髪は1mmより短くなりました。マルコメ、マルコメ。中学校を卒業して以来、いや中学校時代はイヤイヤだったからここまでは短くなかった。うん。涼し~いっ!最初はシャワーの後、タオルで頭をふく時や、Tシャツを着る時、髪がない(短いながらも立っている)ため布が滑らず結構苦労しましたが、慣れてしまえばこんなにいい髪形はないですね。
こういう時に楽しみなのが他の人の反応。1オクターブ高い声で「え~っ?どうしたの~?」「何が?」「その髪ぃ?」「切った。」っていう飄々とした会話を楽しみたいですよね。
翌日、帽子を深くかぶりワクワクしながらオフィスへ。さぁ、みんな何て言うかな。ところがみんな何も言わない。帽子を脱がなくても分かるはずだけどなぁ。ちょっと拍子抜け。面白くないので前を通るスタッフを「ちょっとちょっと●●・・」って呼び止め、帽子を取って見せても、いつもの口調で「いつ切った?」「涼しい?」って言うだけ。
でも考えてみれば、オフィスの他のスタッフだって急にドレッドにして来たりするもんなぁ。相棒はいきなり金髪になったし。黒人がある朝いきなり白人になっていたらびっくりするかも知れないけど、髪なんて変えようと思えばいつでも変えられる話だもんね。いちいち反応していられるかって?このあたりが横並びの好きな日本人と違うところかなぁ。
相棒の反応?一言「ロコ。」
HIDE
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